三鷹食堂日記帖

飯食い酒飲み自転車をこぐおやぢの日常。MT車大好き。

不安こそが真の友

 逆に言えば「安心は友達ヅラをした敵」。武漢肺炎を不安に思う、その「不安」に正対し、「不安」とこそ、しっかりと友情を育んでいくべし。不安におびえ、浮足立ったところで、おためごかしに差し出された「安心」の手を握った瞬間、奈落への落とし穴が、ばっくりと足元に口を開ける。

 銭金のことを例に上げれば分かりやすい。「老後に2000万円必要」との不安。そこで銀行から電話がかかってくる。「老後の安心のために、資産運用のセミナーに参加しませんか?」と。その「安心の資産運用」の安心代には、銀行マンの安からぬお給料もしっかりと乗っけられている。相場が下がってあなたの資産が目減りしても、運用手数料はしっかり取られるから、銀行マンは安心だ。あれ?

 健康もネタになる。「ガンになったらどうしよう?」「認知症も怖い」「水道の水を飲んで大丈夫?」と。すべて「安心の〇〇」が用意されている。電話一本でセールスマンがとんでくる。「無農薬でマクロビオティックなオーガニック食材」「認知症予防のイチョウ酸、ポリフェノール、ビタミン、葉酸、ミネラルサプリメント」「トリハロメタンを除去するアルカリイオンと水素水の浄水器」などなど。お値段かなりお高くはあるが、それはもちろん安心代。転ばぬ先の杖でござるよ、と。

 それよりも不安なのは人間関係。会社は定年、嫁さんに先立たれ、友達がいなくて孤独な老後。寂しい不安だどうしよう? 大丈夫。そこで「私たちと人生の真の目的について話しませんか」という奇特な人たちがやってくる。正しき神を信じなさい。壺を買いなさい。汚れた金はすべて教団に献金なさい。信仰のために世俗を捨てなさい。出家しなさい。そうすれば死後も安心です、と。

 そして、かくのごとく騙されてしまう「不安」から逃れるために、曽野綾子の本を買う、と。いや、これはいい本ですぜ。マジで。

 

安心したがる人々

安心したがる人々