三鷹食堂日記帖

飯食い酒飲み自転車をこぐおやぢの日常。MT車大好き。

「珍品堂主人」

井伏鱒二の中編。文庫判で150ページほどのボリュームで一気に読んだ。おもしろかった。「学校の先生」からマニアが高じて骨董商となった「珍品堂主人」こと加納夏麿57歳を主人公とした小説。プロアマ取り混ぜ、いずれ劣らぬ曲者ぞろいの骨董仲間の間で本物やら偽物やらを売ったり買ったりする。ここまでで四分の一。
商売がスランプに陥った珍品堂は、高級料亭を始めることにする。敷地三千坪、屋敷四百坪の空き邸宅を金持ちから借りて、さらにスポンサーになってもらう。器は、これと見込んだ窯元に細かく指図して焼かせ、食材は産地に直接足を運んで吟味する。常連客一人一人の嗜好に合わせた「カード」を作成して料理をしつらえる。さまざまに工夫を凝らした料亭経営の描写には、魯山人の逸話を連想させられた。
料亭は大成功し、関西にも支店を出そう、という話になるが、経営陣の内紛が起こり、ハメられたような形で、珍品堂は追放される。これもまた魯山人に同じような話があったように記憶する。
しめくくり、再び骨董商に戻った珍品堂。スランプは嘘のように去り「おいしい話」の連発で順風満帆のようである、ぼろ儲け一つするたびに、頭はさらに禿げていくが、とオトして物語を締めくくる。
「蘭々女」という四十がらみの女茶人が登場し、料亭設計を担当する。今風で言えば空間プランナー、コンセプトデザイナーというところ。バブル時代に花開いた怪しいカタカナ商売と思っていたが、昔(昭和34年)からあったことが分かる。この女のキャラクターが興味深い。
「真っ白く脱色した頭の髪を半分から先の方だけ黒く染め、つやつやした顔色で皺は一つも無く、相当こなれている姿体」とある。「通人」で「現代での商業美術の第一人者」とスポンサーは評価する一方、「金に不自由しないのに非常に金を欲しがる」とも言う。
蘭々女は珍品堂に白鳳仏を売りつけるが、実は偽物。おまけに「珍品堂がいっぱい食わされた」との風評が当の蘭々女から出ていることを知り、珍品堂は心穏やかではない。また、蘭々女はレズビアンで、自分が情を通じている女を女中として料亭に上げているのだが、珍品堂がその女に手を出そうとしたところから、珍品堂を憎悪するようになる。この男女二人の確執が、実によく描けていておもしろい。
ちなみに「蘭々女」というのはどう読むのだろう? ルビが一切無いから分からない。「らんらんめ」「ららじょ」? ご存じのかたがいらしたらご教授願いたい。

珍品堂主人 (中公文庫)

珍品堂主人 (中公文庫)