三鷹食堂日記帖

飯食い酒飲み自転車をこぐおやぢの日常。MT車大好き。

「金沢」

これは、何と評すればよいのだろうか。美学小説? 吉田が偏愛した「金沢」を器にして、古今東西の美についての考察を盛り込んだ小説。
東京人である「内山」が、金沢の廃屋を入手するところから始まる。ひとが住まなくなって荒れ始めた雰囲気を残しつつ、ひとが住めるように手を入れて、別荘として使う。「骨董屋」が諸事万端を整え、内山の金沢滞在中は執事のように仕える。骨董屋は、内山にも手が出せないような高価なやきものを持参して見せてくれたりもする。
内山が家の座敷で酒を飲むと、酔いとともに金沢の伝統と歴史にまつわる美のイメージが湧き上がってきて、現実との境界を失う。骨董屋の紹介で訪れる金沢のさまざまな場所で、日本の美にとどまらず、あるいは支那の、あるいはヨーロッパの、あるいは「自然」の美についての豊饒なイメージが内山を圧倒する。
内山は「神田の屑鉄問屋」とされているが、グルメで骨董についての見識もあり、支那やヨーロッパの滞在経験を持ち、漢籍にも西欧古典にも通じ、フランス語も話す、いわばスーパー教養人。通常の小説の主人公とは違い、「美」に対する読者の視覚味覚その他五感を代行する存在に徹している。骨董屋はメフィストフェレスのような異界への案内人。内山が出会う男たち、女たちは美神の人間界での化身というところか。ミューズならば女神だが、「金沢」の美神たちは、町家の旦那だったり、坊主だったり、猟師だったりする。
語られるイメージやウンチクについては、正直半分も分からないが、こんな別荘の一つもあったら楽しかろう、と思う。伊豆高原あたりに山小屋を一軒持つのが自分の夢なのだが、歴史のある町の民家というのもおもしろいかもしれない。食い物の旨い土地が良いな。と考えれば、まさに金沢はうってつけではないか。

金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)

金沢・酒宴 (講談社文芸文庫)