三鷹食堂日記帖

飯食い酒飲み自転車をこぐおやぢの日常。MT車大好き。

「姥ヶ橋」考



今日はちょと民俗学系噺を一席。
環七と中山道が交差する大和町交差点の700メートルほど東に「姥ヶ橋」という交差点があり、延命地蔵というお地蔵さんが祀られている。北区の教育委員会が設置した説明板には、今は暗渠となった稲付川に架かっていた橋の名で、誤ってこどもを川で溺死させてしまった乳母が橋から身を投げたことから「姥ヶ橋」と呼ばれるようになったという伝説があり、供養のために村人がお地蔵さんを建てたと伝えられている、てなことが書かれている。
この「姥の身投げ」というモチーフは、「姥ヶ淵」「姥ヶ井」「姥ヶ池」「乳母滝」という地名の起源説話として全国的に分布している。「貴人の子を死なせてしまった乳母が身投げした」という「姥ヶ橋」同様の説話が多いのだが、浅草の「姥ヶ池」のような鬼女伝説もあり、興味深い。
鬼女はともかく、昔はよくこどもが溺れて、責任を感じた乳母が身を投げる事件が全国各地で発生していたのだ、哀れなことだなあ…と言うことはまずあり得ない。「ウバ」という地名がまずあって、本来の意味が忘れ去られた後に「姥」「乳母」という文字を当てるようになり、字の意味から説話が作り上げられた、という考えると分かりやすい。
じゃあ「ウバ」って何なの? というと実はよく分からない。古語辞典にも載っていない。古語の時代にはすでに「姥」化してしまっていたから。で、地形的に崖地や岩地を示しているのではないか、とか、アイヌ語で「幼魚」を意味する「ウプ」から来ていて「幼魚がいるような流れの静かな浅瀬」てな意味じゃないか、とかいろいろ言われている。
三鷹が一番説得力を感じたのは「水が湧き立つ音を示すオノマトペから」という説。現代語だと「ブクブク」とか「ボコボコ」とか。幼児語や京都弁で水や湯を意味する「ブブ」もそう。これなら、井戸から池から滝まで、無理なく説明がつく。
ロマンもへったくれも無い話? いえいえ、水がウバウバ湧いてるから「ウバ池」でしかなかったところに「姥池」と意味深な文字を当て、そこから乳母やら鬼女やらの悲しい物語を作り出した…いや、作り出さずにはいられなかった昔の人びとのロマンチシズムをこそ偲ぶべきだろう。
余談だが「女性の身投げ」というモチーフと考え、雨乞いの人身御供伝説もあり得るのではないかと調べてみたが、「ウバ」という地名とは全く接点が見いだせなかった。「人身御供は当然若い娘っしょ。姥じゃあちょっとねえ…」という昔の人びとのロマンチシズムも想像できて、いとをかし。