三鷹食堂日記帖

飯食い酒飲み自転車をこぐおやぢの日常。MT車大好き。

電子書籍について

昨年春以来、あれこれ考えてきたことを記してみたいと思います。
書籍流通の現場においては、いまだに電子書籍に対する反感がそこかしこで見受けられます。理由を一言で言えば「紙の本が売れなくなる」ということ。その背景には「紙と電子はゼロサム」という認識があります。
この認識自体が違うのではないか、というのが三鷹の思うところ。以下、簡単に説明します。
と、その前に、書籍=紙の本がどのように流通しているか、モデルケースを提示します。

読者:一般
内容:小説
本体価:1500円
初版部数:6000部

新刊時に6000部の80%、4800部が取次を通じて書店に配本されます。その後、書店から追加注文がある一方、返品があり、半年後には5000部くらいの差引(出庫と返品の差)となります。その時点での実売が3000部。市場在庫が2000部です。その後2〜3年で市場在庫が消化され、5100部以上の実売となれば、売上率85%で損益がトントンです。もしも重版(2000部以上)ができれば利益が出ます。
売れ行きがそのそこなケースであり、ダメな場合は、配本の大半が返品され、売上が2000部以下になります。
さて、モデルケース(そこそこ)が、同時に電子書籍版を出したとします。20%の読者が電子書籍を選択しました。その場合、半年後の実売は3000部ではなく、それ以上になります。その理由を以下、説明します。
書籍の場合、新刊発売から1〜3ヶ月後に品薄状態になります。間の悪いことに、新聞や雑誌の書評が出たり、ブログ等で話題になるのが、まさにこの時期です。版元は初版6000部すべてを市場に出していて、書店からの注文は保留するか、品切れで返すしかありません。いわゆるチャンスロスが生じるわけです。
この時期のチャンスロスを解消するには、市場在庫があるにもかかわらず、重版しなければいけません。ロス分が3000部の20%、600部あるとして、フォローするには最低でも2000部重版が必要です。結果、半年後の実売は3600部、その後2〜3年で6000部の実売となったとします。累計8000部だから売上率は75%。赤字となります。赤字が予想される重版は、そもそもできません。(厳密には新刊と重版でコストが違いますが、単純化します)
電子書籍版を同時に出した場合、電子は品切れしませんから、チャンスロスを解消できます。紙だけなら半年後実売3000部の20%が電子に行ったとして、プラス600部も電子ですので、紙2400部+電子1200部。ゼロサムではありません。
「版元は儲かっても、紙が20%減ったら、その分流通は損するやんか」と思うかもしれません。その「損」は、部数にすれば、わずか600部です。紙だけなら3000人だった読者が20%増しの3600人になり、ブログや口コミその他で宣伝してくれる「得」とのどっちを評価するか、ということになります。
初版6000部の本を発売直後に買って読もうという読者は、ふだんから相当量の本を読んでいるヘビーユーザーであると推定されます。ベストセラーになった後に初めて読もうと思う読者と比較すれば、読書人同士の付き合いも濃いでしょうし、ブログやAmazonレビューなども含めて、情報発信力にも相当なものがあるでしょう。でも、読んでない本のレビューを書いたり、人に薦めることはできません。
プラス600人のヘビーユーザーに本が届いた結果として、レビュー数が増大し、電子版もさらに売れるでしょうが、紙の売れ行きにもプラスに作用します。市場在庫が消化されて重版が行われ、初版6000部が1万部、2万部へと成長するかもしれません。その利益は当然、流通にも入ってきます。
その「得」と目先600部の「損」を比較して「死活問題や」とまで言う流通だったらば、それ以前に「もう死んでいる」可能性があるようにも思います。