三鷹食堂日記帖

飯食い酒飲み自転車をこぐおやぢの日常。MT車大好き。

吉本隆明「真贋」

 吉本隆明「真贋」読了。若い頃からの「吉本コンプレックス」が解消した。単なる戦中派左翼じゃん。

 思想や文学その他における「利と毒」という指摘がちょっと面白いと思ったが、こんくらいのことはイマドキの評論家(サヨク除く)なら常識であろう。小沢一郎をサンプルに、自民党民主党の歩み寄りは可能、などと言い、田中真紀子を持ち上げてるあたり、「その後」をまったく見通せていない。戦争はどっちもどっちだが、九条見直しはダメ、なんてのも既存サヨクから一歩も出てはいない。村上春樹ノーベル文学賞可能性を指摘しているのはプラスか。

 ああ、これは面白い。編集者は小説家になれない。「目高・手低」の毒が邪魔するから。安原顯が書いた時代小説を読んだがおもしろくなかった。で、村上春樹が、ヤスケンに原稿を古書店に売られた、と訴えていて、そのヤスケンの小説を吉本が褒めたと書いていた、と。ワケワカメの世界である。

 戦時中、軍国主義青年だったという吉本は、占領軍たるアメリカ人のソフトっぷりに「軟化」したという。その仲間には、共産党に入った井上光晴(荒野パパ)、75年に自刎した村上一郎がいた、と。三島由紀夫は吉本の一個下の同学年で、最期はご存じの通りだ。全体として「どうでもいい」「学ぶところはない」と切り捨ててよいように思う。

 これはもう「絶対ダメ」と感じた個所を指摘しとく。吉本がいた特許事務所にドイツ人女性がいて、ある時に「ベルリン陥落時、ソ連軍が自分の家を接収した」と悲憤慷慨の演説をした、と。それに対して吉本は「びっくりした」「こんな真似は日本の女性にはできない」と感じ、「あんな女と結婚したら大変だ。日本女性があんなんじゃなくてよかった」と思ったとのこと。

 この女性が吉本と同世代なら、敗戦時に十代から二十歳前後だったわけで、「家を接収された」だけでは済まなかったのかもしれない。彼女自身は逃れたとしても、少なからぬ知人友人がソ連兵にレイプされただろうし、殺された者もいただろう。それを含めての憤慨だっただろうに、吉本は知らずに「日独女性論」をぶっているわけだ。吉本の「戦争体験」はその程度なのだ。あほくさい。

真贋 (講談社文庫)

真贋 (講談社文庫)